カスタマージャーニーマップで潜在ニーズを掘り起こし、響く体験をデザインする実践アプローチ
表面的な要望の奥にある「潜在ニーズ」とは
ユーザーの声に耳を傾けることは、プロダクトやサービスを改善する上で不可欠です。しかし、時にユーザーが語る表面的な要望だけでは、真に価値ある体験を提供できないことがあります。なぜなら、ユーザー自身も明確に意識していない、あるいは言葉にできない「潜在ニーズ」が存在するからです。
潜在ニーズとは、ユーザーが抱える課題や欲求のうち、まだ具体的に言語化されていない、あるいは顕在化していないものです。例えば、「移動手段が欲しい」という表面的な要望に対し、「雨の日でも濡れずに目的地に着きたい」「朝の満員電車を避けたい」といった、より深い背景にある欲求が潜在ニーズに該当します。これらを理解し、体験設計に反映させることで、ユーザーの期待を上回る、真に響くプロダクトを生み出すことが可能になります。
本稿では、この潜在ニーズを効果的に発掘し、具体的な体験設計へと繋げるための強力なフレームワークとして、「カスタマージャーニーマップ(CJM)」の活用方法を、実践的なステップを交えながら解説します。
カスタマージャーニーマップ(CJM)の基本とその重要性
カスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map, CJM)とは、ユーザーが特定のプロダクトやサービスと出会い、利用し、そして利用後までの一連の体験を、時間軸に沿って可視化したものです。このマップを作成することで、ユーザーがどのようなプロセスを辿り、各接点で何を考え、感じ、どのような課題に直面しているのかを俯瞰的に把握できます。
CJMは、単なるユーザーの行動記録ではありません。各フェーズにおけるユーザーの思考(Thought)、感情(Emotion)、行動(Action)、そして接点(Touchpoint)を詳細に描き出すことで、これまで見過ごされていたユーザーのストレスや隠れた欲求、つまり潜在ニーズを発見するための強力なツールとなります。
潜在ニーズ発掘のためのCJM活用ステップ
ここでは、CJMを用いて潜在ニーズを発掘し、体験設計に結びつける具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:ターゲットユーザーのペルソナ設定
CJMを作成する前に、対象となるユーザーを明確に定義します。「ペルソナ」とは、ターゲットユーザーの典型的なモデル像を具体的に設定する手法です。年齢、職業、家族構成、趣味、価値観、目標、抱えている課題などを詳細に設定することで、架空の「特定の誰か」をイメージし、その視点に立ってジャーニーを追体験できるようになります。
例えば、「新しいスキルを学びたい会社員、田中さん(30代)」というペルソナ設定であれば、彼の学習目標、現在の学習方法、学習におけるフラストレーションなどが明確になります。このペルソナが抱える「潜在ニーズ」を探ることが、CJM作成の第一歩です。
ステップ2:ジャーニーの範囲とフェーズの特定
ペルソナがプロダクトやサービスとどのように関わるか、その「ジャーニー(一連の体験)」の開始から終了までの範囲を定めます。そして、そのジャーニーをいくつかの段階(フェーズ)に分解します。
例:オンライン学習サービスのジャーニー 1. 認知・検討フェーズ: 「新しいスキルを学びたい」と感じる、情報収集する 2. 登録・開始フェーズ: サービスに登録する、最初のコースを開始する 3. 学習フェーズ: コースを進める、課題に取り組む 4. 応用・継続フェーズ: 学んだスキルを実践する、次のコースを検討する
各フェーズを細分化することで、ユーザーの行動や感情の変化をより詳細に捉えることができます。
ステップ3:ユーザー行動・思考・感情の深掘り
設定したペルソナが、各フェーズにおいて「何をしているか(行動)」「何を考えているか(思考)」「何を感じているか(感情)」を具体的に記述します。この情報収集には、既存のユーザーインタビュー、行動観察、アンケートデータ、ウェブサイトのアクセス解析などが有効です。
特に、ユーザーの感情に注目することが重要です。ポジティブな感情の背景にある満足点、ネガティブな感情(フラストレーション、不安、退屈など)の背景にある未解決の課題こそが、潜在ニーズの宝庫です。
CJMにおける深掘りのポイント: * 「なぜ?」を繰り返す: なぜその行動をするのか、なぜそう感じるのかを深掘りします。 * 言葉にならない感情を探る: 「なんかうまくいかない」「思ったのと違う」といった曖昧な表現の裏にある具体的な不満を探ります。 * 隠れた努力に着目: ユーザーが目的達成のために余計な手間や工夫をしている場合、それはプロダクトが解決すべき課題である可能性が高いです。
ステップ4:課題点と機会の特定、潜在ニーズの抽出
CJMを俯瞰し、ユーザーが特にフラストレーションを感じているポイントや、感情の落ち込みがある箇所を特定します。これらの「ペインポイント」が、プロダクトやサービス改善の出発点となります。
さらに重要なのは、これらのペインポイントの背景にある「根本的な欲求」や「解決されていない課題」を特定することです。これが潜在ニーズです。
例:オンライン学習サービスのCJMから潜在ニーズを抽出 * ペインポイント: 「学習フェーズでモチベーションが維持できない」「孤独を感じる」 * 表面的な要望(想定): 「もっと面白い動画が欲しい」「質問にすぐに答えてほしい」 * 潜在ニーズ(深掘り後): 「自分のペースで学習しつつも、誰かと一緒に学び進める『連帯感』を感じたい」「学習の進捗を可視化し、達成感を継続的に得たい」
このように、表面的な要望の奥にある、感情的な側面や達成感を求める欲求が潜在ニーズとして見えてきます。
潜在ニーズを体験設計に落とし込む方法
潜在ニーズを発見したら、それを具体的なUI/UXデザインやプロダクト機能にどう反映させるかが次のステップです。
1. アイデア出し(ブレインストーミング)
特定した潜在ニーズに対し、チームで自由にアイデアを出し合います。「ブレインストーミング」という手法を用い、まずはどんな突飛なアイデアでも歓迎し、量より質を重視して発想を広げます。 例えば、「学習の連帯感」という潜在ニーズに対しては、「グループ学習機能」「学習進捗の共有機能」「メンター制度」「バーチャルな学習仲間」など、様々なアイデアが考えられます。
2. ソリューションの具体化とプロトタイピング
アイデアの中から実現可能性やインパクトの大きいものを絞り込み、具体的なソリューションとして形にしていきます。 * ワイヤーフレーム: UIの骨格や情報構造を設計します。 * プロトタイピング: 実際の操作感を検証するための簡易的な試作品を作成します。
潜在ニーズが「学習の連帯感」であれば、学習仲間と進捗を共有できるダッシュボード画面のワイヤーフレームを作成したり、バーチャルな学習仲間とチャットできるプロトタイプを作成したりします。実際にユーザーに試してもらい、フィードバックを得ることで、潜在ニーズを満たしているか、期待通りの体験が提供できているかを検証します。
3. 優先順位付けとロードマップへの反映
アイデアやプロトタイプから得られた知見をもとに、どのソリューションを優先的に開発すべきかを決定します。その際、「ユーザーへの価値」と「ビジネスへのインパクト」、そして「開発の実現性」の3つの軸で評価することが一般的です。
決定されたソリューションは、プロダクトロードマップに組み込まれ、開発チームによって実装へと進められます。潜在ニーズから生まれた機能が、具体的なプロダクトの体験としてユーザーに提供されることで、真の価値が生まれます。
事例:CJMから生まれた「学習グループ機能」
あるオンライン学習サービスがCJMを作成したところ、多くのユーザーが「自宅での孤独な学習によるモチベーションの低下」という潜在ニーズを抱えていることが判明しました。 表面的な要望としては「もっと講師と話したい」「質問応答の時間を増やしてほしい」といったものがありましたが、深掘りすると「一人ではなく、仲間と一緒に頑張っている感覚が欲しい」という連帯感への欲求が強く見えてきたのです。
これを受け、サービスでは「学習グループ機能」を開発しました。 * 機能概要: ユーザーが共通の目的を持つグループに参加し、進捗を共有したり、互いに励まし合ったりできる機能。 * 効果: ユーザーの学習継続率が向上し、アンケートでは「仲間がいることでモチベーションが保たれる」という高評価が多く寄せられました。
この事例のように、CJMを通じて潜在ニーズを発見し、それを具体的な体験として設計することで、プロダクトのユーザーエンゲージメントを大きく高めることが可能です。
CJMを効果的に進めるためのポイント
- チームでの共創: CJM作成は、デザイナー、プロダクトマネージャー、エンジニア、マーケターなど、多様な視点を持つメンバーが参加することで、より多角的なインサイトが得られます。
- 継続的な更新: ユーザーの行動や市場環境は常に変化します。CJMは一度作って終わりではなく、定期的に見直し、更新していくことが重要です。
- 客観的なデータとの組み合わせ: ユーザーの感情や思考といった定性的な情報に加え、数値データ(サイト分析、利用ログなど)といった定量的な情報を組み合わせることで、より信頼性の高いCJMを作成できます。
まとめ
カスタマージャーニーマップは、ユーザーの表面的な行動だけでなく、その裏に隠された思考や感情、そして最も重要な潜在ニーズを明らかにするための強力なツールです。本稿で紹介したステップと実践的なアプローチを通じて、皆様がユーザーの心に響く、真に価値ある体験をデザインするための一助となれば幸いです。潜在ニーズの発見から具体的な体験設計への落とし込みまでの一連のプロセスを繰り返し実践することで、よりユーザー中心のプロダクト開発を実現できるでしょう。